和をたしなむ

2021.07.21更新 - 徒然なるままに

神聖な祇園祭を感じる一日。

 

昨日は一日、臨時休業日を頂き、

京都へ行ってきました。

 

23日(金)から開催をします、

 

夏小物お見立て会

 

の最終準備をするためです。

 

 

呉服の問屋、小物の問屋が在るのは、

京都市内、室町通近辺。

 

例年であれば通行止めになり、

観光客で溢れかえる地域になります。

 

 

なので、

多くの問屋さんは祇園祭中は大体が休業中。

 

「お祭りを堪能するため~♪」

 

というよこしまな理由ではなく、

ただでさえ細い、市内の一方通行が通行止めになり、

トラックが入って来る事が出来ず、

問屋業務ができなくなるからです。

 

 

さて、

 

昨日は祇園祭、

前祭りと後祭りの切り替えの一日。

 

今年は鉾建てはするとの事を耳にしていたので、

もしかしたら鉾のひとつくらいは見えるかしらと、

小さな期待をして向かいましたが、

室町通りや新町通りはその期待通りの様子に。

 

 

こちら、室町通りの鯉山。

 

 

後祭りだからでしょうか、

着々と準備が整っており、

見事な姿を見せてくれました。

 

 

少し南に下りた所では、大船鉾が。

 

 

神聖な龍の姿を、

拝む事が出来ました。

 

こちらは神事の真っ最中。

 

 

とても神聖な空気感が伝わってきました。

 

 

半面、

新町通りの北観音山と南観音山は、

お仕舞いの最中。

 

 

化粧飾りは外されていますが、

その分、受け継がれている鉾立の技術を、

垣間見る事が出来ました。

 

 

「鉾は立てますが、立ち止まって見ないで下さい。」

 

との、

何とも矛盾を感じるお触れもありましたが、

 

実際にお祭りの空気感に触れてみると、

本来、祇園祭が持つ神聖な神事や、

受け継がれてきた伝統や想いというものを、

まざまざと感じる事が出来ました。

 

 

祇園祭の様に、

何万、何十万人と集まるお祭りは、

それだけで「観光イベント」的な側面を感じ、

毎月の様に京都に行っている私からすると、

若干敬遠気味なお祭りでした。

 

行っても人だかりですし、

煩い屋台の騒音しか聞こえませんし。。。

 

 

でも、昨日、私が感じた祇園祭は、

「神事」としての祇園祭。

 

 

「コロナ禍という疫病を鎮めたい。」

 

「街に受け継がれてきた伝統の火を灯したい。」

 

という切なる想いを、

感じる事が出来ました。

 

 

観光客に来てもらい、

多くの方に見て、触れてもらう事。

 

そして厄除け粽やらを買ってもらい、

それが次に繋がっている糧になる事も、

伝統を残していく大切な要素ですが、

 

その根底に在る、

「人の想い」に勝るものはないなと、

39℃にもならんとする灼熱の洛中を歩きながら想った、

色々と意義にある京都いきでした。

 

 

最後はきちんと、

八坂神社さんにお参りに。

 

 

色々なものを蝕む疫病がおさまり、

健やかで上機嫌な日々が戻る事を、

切に願っています。

 

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